西山遊野の森羅万象ブログ

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2007年 05月 12日

さらば対馬

楽しかった対馬、それでも旅には必ず帰路が待っている。帰りは時間の制約があったり、ぎりぎりまで遊びたいと思い最終のANA便にした。ところが疲れもあり、あっさりと見終えてレンタカーを返却し、早々に対馬空港に到着した。搭乗手続きをしていると一つ前の便に空席があるとことが判った。搭乗機を前の便に変更して乗り場にまっていたのが、これDHC8-Q400すなわち例のボンバルディア機が横たわっていた。本来なら搭乗便ならボーイング737-500だったのだ。それでこの機種で変更したばっかりに・・・・ちょっと不安にもなったがまあ大丈夫だろうブログのネタになるだろうし、いっちょ肝試しで乗ってみるか。そしていよいよ乗り込む。タラップで登るスタイルは最近ではこういう小型機でしか使われないのだろう。定員74名で全長32mの機体はイメージとして新幹線のぞみを引き伸ばしたような機内の大きさだ。それでも実際に離陸や航行中、着陸などはむしろ巨大なジャンボよりか軽やかで安心感があった。ジャンボはとにかく大きい。あんなのが空を飛ぶのはどう考えても恐ろしいがこのぐらいのサイズならそんな感じはしない。そうこう思って30分もすれば無事福岡空港に着陸する。ここではターミナルには直接横付けはしないで少し離れた場所で又タラップを使っておろされ、専用バスに乗ってターミナルビルに到着するという仕組みである。地方路線では当たり前の風景なのだろうが、はじめての者にとっては結構珍しい体験であった。今は新幹線博多駅に立っている自分。ほんの30分前は中世を現在に引きずっているワンダーアイランド対馬にいたのに、そこからタイムマシンで現在に戻ってきたような感触になっていた。
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タラップを上る

by youknow1957 | 2007-05-12 01:26 | 乗り物
2007年 05月 11日

橋から知った対馬の歴史

3っ橋対馬の橋を撮影した。一番は万関橋、そして厳原の小さな古いアーチ橋の佐野屋橋、そして3つ目にトラス橋を撮影したのだった。その橋の名前を知らないままではブログアップ出来ない。まず地図で探すが橋の名前などは出ていない。橋の近くにあった郵便局が大船越局であったのであてずっぽうで大船越橋だと想定してインターネット検索をしてみるとずばりこのありふれたトラス橋はまぎれもなくその名前であることが判ったのだがその地名には意外な対馬の歴史がかくされたいたのだ。もともと一つの島であった対馬を1672年に時の藩主宗義真が大船越瀬戸を開削したのだった。それまでは二つの海峡が迫り来た場所あり、船が山を越して反対側の向う難所だったそうである。それがここの地名の大船越の由来である。時はくだり1900年に旧大日本帝国海軍が重要海域であった対馬東海域までの所要短縮の為に開削したのが万関瀬戸でありそこに架けられた三代目の橋が現在の万関橋(1955)である。もともと対馬はすべて一続きの土地の島であったが人口的に造られた2つの瀬戸によって3つの部分から成り立つのだが、島としては当然一つの対馬島であることには違いはないのである。いっぽう厳原の佐野屋橋はこの三橋では一番古くこの橋の近くにあった問屋の名前をとったそうだが、現在の橋は大正6年に架け替えられている。また極近年になってから自動車交通に便利なように拡幅と橋の角の拡張がなされているのでアーチ石橋の美しい曲線は奥まってしまっているのが少し残念ではある。
大船越橋
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万関橋
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佐野屋橋
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by youknow1957 | 2007-05-11 01:19 |
2007年 05月 10日

小学校(対馬)

地域の区分の一つに小学校校区というのがある。基本は小学生児童が自分の足で歩いて通える範囲に学校があることが望ましい。徒歩圏内ということ、しかし実際にはそれが不可能な地域も全国的にみればたくさんあるのだろう。対馬でも幾つかの小学校は廃校になっていたり、その可能性があるとこがあった。その地域から学校がなくなるということは次世代の生育はかなり厳しい。そういう地域や村落はいずれ地図上から姿を消すことになるであろう。
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by youknow1957 | 2007-05-10 00:25 | 近代建築
2007年 05月 08日

地方交通路線バス

地方交通路線バスは停留所掲げてあるダイヤをみれば大体のイメージがわかる。朝に朝一便が厳原行がある、夕方それが帰えってくる1本のみようだ。バス停でそれを見ていると丁度その帰りのバスが戻ってきた。運転手さんに声をかけてみる。「お客さんどのぐらいありますか?」「いやほとんどないね」「行きも帰りも?」「朝はスクールバスを兼ねてるから学生さんがあるけど、それに通院のお年寄りだけたい」以前は大型バスで運行していた路線も本線を除いてはマイクロバスに替わったそうだ。すでにそれでさえもてあましぎみなのだろう。もはや交通機関の体ををなしていないのだが通学や老人など交通弱者の福祉の一環とさえ思える。現に本来なら市が運行する業務を委託され補助金で賄っている状態なのだ。周辺村落では現金収入になる仕事はほとんどない。そうすると島内でも中心部の厳原に若い者は出て行って帰ってこない。対馬の現状は小さな日本の縮図になっているかのようだ。「観光のお人はよかとこや長閑といいなさるが、こがんとこ現金収入なしでなしてくらせる。建物も表は古い感じになっとるが中は都会とおんなじだ」もっともおっしゃる通りである。
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by youknow1957 | 2007-05-08 00:02 | 乗り物
2007年 05月 07日

求めよさらば与えられん(対馬豆酸(つつ))

対馬初日目の昼前になってすでに対馬の中心厳原を出発して島最南端豆酸(つつ)まに到着
「しまった昼の弁当を買うの忘れた~」
厳原をでて内院(ないいん)、浅藻(あさも)、豆酸(つつ)と集落を3つ通って来たが
途中コンビニエンスストアーはもちろんのこと、食堂、レストランは言うに及ばす
とにかくお店やさんらしきものは一件たりとも無かった!
どうやらこの豆酸(つつ)もひと通り廻ってみたがそれらしき店は皆無である。
こういうときはしかたがない役所の支所らしき建物があったのでそこで訪ねてみる
「すみません旅行者なのですがこの町に食べ物屋さんか
食べ物を売っているお店はあるでしょうか?」
「たべものやったら通りの前を左手に出たところにツツストアーがあります。
すぐそこなので見えますよ」
「あっ!そうですかありがとうございます」
「あれ?・・・ひととおり通りはみたんだけなあ・・そんな店は無かったような?あったかな?」
そうしてその支所の前の通りを左と右へ(向って左と右があるから)念のためそれぞれ
300mほども歩いてみるがやはりない。
もう一度支所の近くへもどるとおばあちゃんが歩いていらしゃるので訪ねてみる
「すみません!ツツストアーってどこでしょうか?」
「ツツストアー?!それはここやのう」
とみると目の前に肥料とか野菜の苗がおいてある建物が?!・・・・
「あっ・・・これか?」おそるおそる中を覗いてみると外からは想像もできないような
りっぱなお店であった。食品、雑貨、日用品、荒物、農家用品など
この豆酸(つつ)集落のほぼ全世帯の日用品はほぼそろいそうな品揃えである。
もちろんパンと飲料もあったのでしっかり握り締めて
念のためないとは思いつつもコンビニ弁当があればなあと店内を偵察していると
一番奥に別室のような部屋があり、その部屋と店舗のあいだに窓がある。
そこになんと!今まさに作られつつあるお弁当を発見
おばちゃんが店内で手づくりしている弁当である。
「・・・これこれこれがほしかったのよ♪」
一つ手に取るとそのずっしり詰まった弁当の重いこと重くないこと
ご飯もおかずもしっかりつまっておりました。
そして無事初日の昼を獲ることができたのである。
●離島ではその日に必要な食料は中心街ですべて確保しておくべし
●万一忘れた場合は最善をつくせ、さらば与えられん。



島で役立つ豆酸(つつ)ストアー

by youknow1957 | 2007-05-07 00:01 | ちょっと思ったこと
2007年 05月 05日

こいのぼりに観る日本の現状(対馬)

「甍(いらか)の波と雲の波」ご存知文部省唱歌の鯉のぼりの一節である。
「屋根より高いこいのぼり大きいまごいはお父さん」こちらもまた有名な
童謡のこいのぼりの一節である。そう!こいのぼりと屋根はよく似合うのである。
しかも甍といわれるような日本屋根でないといけない。
したがって屋根より高くあがるこいのぼりも、もはや絶滅危惧種なのだ。
疑われるなら今日ご近所の空をご覧になりどれだけのこいのぼりを
見ることができるかおためしあれ。マンションのベランダの壁に
かろうじてメザシのようにへばりついているのはだめである。
あくまでも屋根より高く甍の波をはるかに泳いでいるこいのぼりのことである。
もしそれが観られるような場所にお住まいならそれはすばらしい環境であろうことは
すぐさま想像できるのである。
おそらくこいのぼりが屋根より高く泳げるような地域は、
少子化と人口減少でこいのぼりを立てる様な子供が少ない場所であろう。
子供がたくさんいるような地域ではこいのぼりを屋根より高く掲げる事が
困難な住宅事情の場所と想像できるのだがいかがだろう。

対馬豆酸
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対馬椎根
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by youknow1957 | 2007-05-05 00:02 | 旅と季節の話題
2007年 05月 04日

ツシマヤマネコ

対馬といえばツシマヤマネコを撮影して帰りたいものである。但し数も少なく夜行性なのでそう簡単に撮れるものではない。撮っていたら大騒ぎ!すでに第一報で即発表であろう。それが正解。それでも一応はネコにであい次第は撮りまくったのでそのなかにひょっとするとツシマヤマネコがまざっているやもしれないのでじゅっくり観察あれ。
厳原のある下県にはいないらしい。上県の北部が要注意
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ついにでたか?

by youknow1957 | 2007-05-04 00:02 | 写真
2007年 05月 03日

対馬の町並み

対馬の町並みのキーワードは石と木であろうか。その特徴的なものに小屋の存在がまずあげられる。大切な物や先祖伝来の品を保管する為の蔵である。ただ漆喰などは利用せず、島でとれる椎の木が使われている。かつては豊富にとれる石を利用した石屋根の小屋だったのだがいまでは数個を残すのみとなった。また石垣や石の防火壁なども各地で見ることができる。

志多留(したる)
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舟志(しゅうし)
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今里(いまざと)
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田ノ浜(たのはま)
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by youknow1957 | 2007-05-03 00:36 | 町並み
2007年 05月 02日

ライファー4種(対馬にて)

今回の対馬では4種のライファー(ライフリスト「見た種類リスト」に新規に載せることができる鳥を観察したこと)を撮影できた。ノジコ、コホオアカ、キマユホオジロ、シベリアアオジ。これで通算197種に迫りあと200種までもう一息だ。この世界200種みてやっと一人前ということらしい。300種になると普段の生活に支障がでる400種で鳥仙人というのだからなんだか恐ろしい。この辺りまでは順調に増えてきたがこれから先はかなり険しいのだろう。もう普通種はほとんど残っていないさて200種にはいる鳥がなにになるのだろう。ちなみに100種目は自宅の近所の裏山で撮影したアカゲラだった。
コホオアカ
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シベリアアオジ
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ノジコ
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キマユホオジロ
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by youknow1957 | 2007-05-02 01:30 | 野鳥と自然
2007年 05月 01日

対馬から

船中一泊、対馬三泊の旅行から帰ってきた。島の鳥、自然、町並み、民俗を十分堪能でき楽しい思い出ができた。野鳥では目標のコウライキジはあちこちで鳴き声がして姿も何度か見たのだが残念ながら撮影は出来なかった。キマユホオジロ、ノジコ、シベリアアオジ、コホオアカ四種ライファゲット。その他島らしい種といえばシロハラホオジロ、ノビタキ、コムクドリぐらいだろうか。期間中ヤマショウビンがでて御地元の方はしっかり撮影にも成功された。又町並み、民俗的な風景にも沢山触れることが出来た。当分対馬添景をブログアップして行きたいと思う。
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by youknow1957 | 2007-05-01 01:26 |