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2009年 07月 17日

清泉寮

関東大震災で破壊された日本へ渡ってきたキリスト教の宣教師ポール・ラッシュが生涯をかけて築いたのが清里高原を開拓のシンボルである清泉寮。いまでは宿泊・食事・工房・ショッピングから学習プログラム・自然観察から国際研修交流まで幅広く広大な敷地を利用した施設が広がる。




by youknow1957 | 2009-07-17 23:16 | 旅と季節の話題
2009年 07月 16日

八ヶ岳高原大橋

清里高原道路にかかる八ヶ岳高原大橋は全国でも屈指の山岳橋。全長490メートル、高さ110メートルで川俣川渓谷を一気にまたぐ。年間を通じて周りの景色に溶け込む色と星空に影響を与えない照明方式が採用されている。そのような周りの景観に対する配慮はこのような大自然での立地の場合はもちろんのこと、それ以外の場所においても十分心掛けて設置したいものだ。
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by youknow1957 | 2009-07-16 21:57 |
2007年 12月 14日

消えた一文字

塩山□観光案内図とある。□の部分が市、すなわち塩山市観光案内図であったことは容易に想像ができる。先の市町村合併でここ旧塩山市は平成17年11月に甲州市になった。合併は塩山市、勝沼町、大和村の三市町村の合併である。今回の訪問は私にとって始めての場所であったが旧塩山と旧勝沼の雰囲気、歴史、成り立ち、産業や風景の違いをわずかながらも感じ地域としての特色と吸収して旅から帰ることができた。それというのも市町村という歴史的な地域の名称と自然地理あるいは社会的な地域区切りがその違いを認識する道しるべになっていたからたやすく感じることができるであるが、単に経済的効率の元に市町村を束のようにまとめてしまってこれから数年数十年地域文化の消失が起こるような気がしてならない。地名という名前はその地域のアイディンティーそのものである。残念ながら今回旧大和村へは訪問することなく山梨の地を後にしたが、今後その地を訪れることがあったとしてもその地域の違いや特色とついにしることなく私のなかの旧大和村は永久に消滅したままついに知ることも無い地域になってしまうのであろう。
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by youknow1957 | 2007-12-14 01:14 | 看板ウォッチング
2007年 12月 13日

地方公共交通の実態

ほらこの通り一日4回と3回のバスダイヤ。これではとても交通機関といえるしろものではない。すくなくとも一時間に一本は欲しいところ。こんなバスにでもお年寄りはそのバスを待っている。c0074640_0125784.jpg



by youknow1957 | 2007-12-13 00:13 | 看板ウォッチング
2007年 12月 12日

ハッピードリンクショップ

ハッピードリンクショップです。安いからハッピー
車も停めてドリンクかって~
富士山みながらゴクゴクのもう♪
ハッピーハッピーハッピーハッピードリンクショップ~♪
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by youknow1957 | 2007-12-12 00:59 | 看板ウォッチング
2007年 12月 11日

遊野的富嶽八景

富士という美人さんがいる
人間と違ってカメラを向けてもなんら問題が無い
カメラがある
当然撮る

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by youknow1957 | 2007-12-11 02:00 | 写真
2007年 12月 08日

山梨の出会で一目ぼれ

ほんとうに背か高く美しく方でした。どこへいっても私をやさしく見つめ見守るような包容力がある。けれどもでしゃばらず上品で清楚なです。実はとても人気があって皆がちやほやするので私はほんとはあんまり興味がなかったのです。あまり典型的美人は好きではないのです。
と思っていたわたしなのですがあの姿で見つめられたらいちころでした。ああまたお会いしたい。今日もあの方に見つめられる憎い人がいるのだろうな。嫉妬に燃えてしまいそう。

そのお方の麗しいお姿です

by youknow1957 | 2007-12-08 23:32 | 野鳥と自然
2005年 12月 24日

メリークリスマス(山梨・甲府)

子供の時はサンタさんに一番あこがれの鉄道模型をと願ったがその夢はついに叶わなかった。当時はHOゲージは高嶺の花で子供心にもサンタでもこれは無理だろうなと思っていた。結局HOゲージを手に入れたのは就職してから給料を手にいれて自分で買った。もちろんそんなに高価なものは買えず貨車や電車が多かった。そのなかでも比較的電気機関車は揃えられた。一番お気に入りは天賞堂のEF59だったかな。数台の機関車をあつめて機関区のジオラマをつくるのが夢だった。それもやがて彼女(現奥さん)ができたころからそちらへまわせる予算配分がなくなりジオラマの建設計画は幻となったのだ。今でもそのころに集めたHO車輌は大切にとってある一度取り出して眺めてみるのもよいかもしれない。そして子供の頃の自分の枕元にどとけてやればどんな顔をして喜ぶか見てみたいものだ。

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by youknow1957 | 2005-12-24 23:15 | 元てっちゃん