西山遊野の森羅万象ブログ

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カテゴリ:人物( 4 )


2007年 05月 18日

増田淳

大正末期から昭和中期にかけて活躍した橋梁設計者増田淳。生涯に設計した橋梁の数は80を超えると言われる。現在のようなコンピュータや設計思想がない時代にこの数量は驚異的な数である。技術的な評価はもちろんのこと、デザインや美的センスにすぐれた美しい橋梁を設計した。施工場所は全国各地におよび、橋梁形式もざまざまである。信夫橋(福島)、荒川橋(埼玉)、白鬚橋(東京)、伊勢大橋(三重)、鳥羽大橋(京都)、十三大橋(大阪)、武庫大橋(兵庫)、吉野川橋(徳島)、長濱大橋(愛媛)、美々津橋(宮崎)そしてそれを裏付けるように現在もなをその多くが現存し、地元や地域に愛されている点でもあきらかであろう。

白髭橋(東京)
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by youknow1957 | 2007-05-18 21:40 | 人物
2007年 01月 26日

川瀬巴水

川瀬巴水(版画家)1883-1957昭和の風景版画の巨匠である。
ノスタルジックな日本の情景を描いたがその評価は海外で高い。浮世絵の様に画家、
彫師、刷師、版元が共同して版画を作り出す新版画運動を巴水は実践したため
職人的手法が実力より評価を下げているよう思われる。巴水の夕景には秀作はその多く、
夕暮れの青の使い方はすばらしい。
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夕暮れ巴水―林望の日本美憧憬
川瀬 巴水 / / 講談社
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by youknow1957 | 2007-01-26 21:41 | 人物
2007年 01月 11日

民俗学者「旅する巨人」宮本常一

宮本常一を最初に知ったのは佐野真一著、河出書房新社「宮本常一」を買ったのが切っ掛けだった。書店の民俗学のコーナーで宮本自身の柔和な風貌が写されている表紙に惹かれてその本を選んだ。そしてその人物像と実績を知って彼に興味もったのである。しばらくその本と記憶はそのまま書棚に入ったままになっていたのだが、それから数ヶ月経ってからのこと。高知の宿毛市にある離島沖の島に行く予定ででき、その途中で探鳥のために立ち寄ったのが幡多地方。そこでそのあたりでは有名なバーダーさんキムヒロさんと知り合うことになる。そして何度かメール交換をしていると息子さんが『忘れられた日本人』の舞台を旅する ~宮本常一の軌跡~の著者木村哲也氏であることが判った。早速その本を読んでみるとますます宮本常一の魅力に引き込まれて行き、彼の数ある書籍のなかでも一番代表的な 「忘れられた日本人」を手にして宮本民俗学の面白さにすっかりはまる事になる。宮本常一は徹底的なフィールドワーカーである。現地を自分足で歩き、目でみて、肌で感じたことを頼りに、現地のキーマンとなる人物を見つけだし話を聞くのである。話す相手もすっかり人間宮本に魅力を感じて打ち解けてから話をするのだ。だからとおり一辺のインタービューなどではわかりえない真の民族の姿が浮かび上がるのであろう。宮本の歩いた道を日本地図に赤いペンでプロットすると地図一面が真っ赤に染まるといわれた行動力とその範囲。離島振興にも力を注いだ。その彼の生まれた原点が周防大島である。そこには周防大島文化交流センターがあって彼の業績の資料展示、企画展示がされている。
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「忘れられた日本人」の舞台を旅する----宮本常一の軌跡
木村 哲也 / / 河出書房新社
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by youknow1957 | 2007-01-11 20:08 | 人物
2005年 10月 02日

河井寛次郎

清水の名陶芸家の河井寛次郎の登り窯を見学してきた。民芸活動でも有名であるが彼の記念館が東山五条坂にある。作品、工房兼自宅、登り窯などが見学できる。素晴らしい作品とともに工房や書斎、蒐集品や調度品がみれるのがたのしい。彼の人となりを感じられる空間になっている。彼の残した言葉「驚いている自分に驚いている自分」に表現されているように常に感性と感動の人だったのだろう。やはりあれだけの作品を作り出した感受性が豊かな天才だったのだ。
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火の誓い
河井 寛次郎 / / 講談社
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by youknow1957 | 2005-10-02 21:30 | 人物