西山遊野の森羅万象ブログ

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カテゴリ:島( 22 )


2008年 09月 25日

長島

邑久の虫明から橋によって本土とつながる長島は島名のとおり東西4.2キロメートに及ぶ大変長い島である。とくに島の中央はわずか40メートルにくびれ、小船が通過できるように切取されて橋が架かっている。昭和5年にハンセン氏病の療養施設「長島愛生園」が昭和13年には国立療養所「邑久光明園」が設置された。平成8年に「らい予防法」が撤廃されて90年におよび隔離政策に終止符がうたれたが今でも800人もの入所者が生活を続けている。それらの歴史や資料などは愛生歴史館にて見学できる。
設立当時から残る事務棟は現在愛生歴史館となっている
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by youknow1957 | 2008-09-25 23:10 |
2008年 09月 24日

鹿久居島

日生諸島で一番大きな島で岡山県下でも最大の島になる。かつては鹿久居千軒と呼ばれるぐらいに漁師町として栄えていた。今ではわずか8軒16人。それでも有機栽培のミカン古代体験が出来る施設「まほろば」など観光などにも力をいれている。
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by youknow1957 | 2008-09-24 23:45 |
2008年 09月 18日

頭島

頭島は日生群島の中心的島でもっとも人口も多いが周囲4キロメートルほどの小さな島。
人口468人183世帯。多くは漁業に従事し、鮮魚、潮干物、カキ、ミカンが特産。また民宿やペンションもあり海水浴など観光にも力を入れている。
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島の風景

by youknow1957 | 2008-09-18 00:39 |
2008年 09月 17日

鴻島

山がちで平地が少ない周囲12キロメートルの島。人口41人18世帯。
ご覧のとおりここは別荘のなる島。ほぼ全島にわたり点在する別荘。平地が少ない為山道があちこちを結んでいる。
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by youknow1957 | 2008-09-17 00:13 |
2008年 05月 25日

追伸島の旅

隠岐を巡っていて出会う風景知らないはずの昭和初年から戦中戦後の匂いを感じる気がした。何処で見た風景なんだろう。そうだ川瀬巴水の木版画の世界である。

川瀬巴水
明治から戦後までを日本各地を旅をしながら写生をした原画に基づき日本の情景を描き続けた版画家。日本でより海外での評価が高く葛飾北斎・歌川広重と並び称される。
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日本書法 [12]
書道芸術社 / / 書道芸術社
ISBN : 4903376060
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こんな風景です

by youknow1957 | 2008-05-25 01:12 |
2008年 05月 18日

隠岐島後

隠岐諸島は島根半島北約50キロメートルの日本海上に浮かぶ島。火山の活動によって形成された丸い形の島後(どうご)と3つの大きな島(西ノ島、中ノ島、知夫里島)とその周辺の小島からなる島前(どうぜん)から形成されている。島前(どうぜん)も内海をはさむ複雑な地形だか元々はカルデラ状の火山が水没して現在の形になった。歴史上は古くから遠流の地として知られ、小野篁、後鳥羽上皇、後醍醐天皇、など歴史上の人物もたくさんが流された。
都万(つま)の舟屋からみた津戸(つど)方面。この奥津戸辺りにあるロッジに泊りました
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油井の池。さすが国立公園という風景人工物が殆ど目の前にありません。鳥さんを期待して
いきましたがここは殆どいませんでした。
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重栖 ( おもす )の放牧場。ここにはコウノトリが定住しているので、島にいる間三回も覗きに
いきましたがあいにくどこかへお出かけのようで遇えませんでした。
替わりにいたのが牛さん。牛飼いのおじさんによると朝夕はおる事が多いそうです。
島中を今はあちこち飛び回って食事をしているのかもしれません。牛飼いのおじさんも
毎日見回りに来るそうです。コウノトリを?いいえ、もちろん飼っている牛さんの様子です。
ここで大きくして種牛代と飼料代と放牧の場所代を差し引いたものが実入りになるわけ
でしょう。島での生活は零細な農業と漁業のほかいろんな仕事を兼ねて生計を立てます。
とくにここ最近では隠岐では観光に力をいれ、漁業でも観光漁業や地産地消を売り物に
宿で出す食材提供の部分も大きな位置を占めていると思われます。
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隠岐に大きな被害をもたらした平成19年8月30日から31日豪雨により隠岐の島町は激甚災害の指定を受け復旧作業が今も続けられている。この油井の村も河川の護岸工事がなされていた。また国道や県道のいたるところで片側相互通行規制がされている。
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日本の原風景はやはり水田ではないだろうか
蛙の鳴き声、空にはこいのぼりとツバメが舞い、夫婦で田植えをする。
特にこの田植え風景がいい。
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by youknow1957 | 2008-05-18 20:14 |
2008年 05月 06日

粟島見て歩き遊野風

では粟島特集最終で見て歩き遊野風でまとめてみましょう。
ここは粟島小学校と中学の併設校舎。離島の学校の一番の外見的特徴はなんだと思います?この写真にヒントが隠されています。
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答え

by youknow1957 | 2008-05-06 00:37 |
2008年 04月 28日

粟島

新潟の島といえば佐渡が思い浮かぶのだが、もう一つ小振りだが粟島がある。連絡船は村上の港とよべる岩船から出ている。周囲20キロ9.86キロ平方メートルの島。人口474人。
日本海の離島の特徴てある対馬海流の影響を受け比較的穏やかな気温であるが風は強い。
古くは北前船の風待ち、汐待ちの港として栄え、近年は漁業が中心の島であった。昭和39年の新潟地震はこの島の近くが震源地であり、被害も大きく地形が1.5メートルほど隆起したそうだ。その影響で島に広がっていた水田の水源がだめになり、以後は畑として耕作されている。また近年はその自然やタイを中心とするフィッシングなどレジャー資源を活かし観光に力をいれており内浦や釜谷にはたくさんの旅館や民宿がある。
まだ桜が満開で山はところどころさくら色。天から桜ははらはら散るのがまるで雪のようである。降り返っても近くに桜がない?山の桜が風に舞って降ってくるのだろう。c0074640_1173135.jpg


この風景昭和39年までは当たりは水田だった
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内浦の町並み
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島の最北端
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島の日の出
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by youknow1957 | 2008-04-28 01:09 |
2008年 03月 02日

島に渡るという事(出羽島でばじま)

徳島県牟岐港から約東4キロに浮かぶ出羽島。0.65平方キロメートル人口155人。黒潮の影響で年平均気温が17℃の常春の島である。そこへ渡るのには一日6便の渡船に乗る。乗ったのは2便目8:20であった。乗り場に着いたときにはすでに大生丸17トンは到着していた。「おはようございます。乗船券はどこでかえますか?」甲板にいる船員さん?に聞いて見ると「のっとっとら船長が取りに来るわ」なるほど、船員さん?と思ったらお客さんのようであった。出港5分ほど前になるとお客さんが集まってくる。総数10名ほどだろうか。それで定刻合図もなく離岸。
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15分の太平洋航路で常春の島へ

by youknow1957 | 2008-03-02 16:50 |
2008年 02月 06日

沖縄風物スナップ

へっぴり腰のシーサー
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サトウギビのジュース屋さん
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沖縄の海
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日本一早いサクラ
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by youknow1957 | 2008-02-06 23:43 |